吉田麻也選手の人生から学ぶ②

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現日本代表キャプテンとして活躍する吉田麻也選手。189cmと恵まれた体格で2012年から現在までプレミアリーグ・サウサンプトンでに所属し、世界トップリーグでずっと揉まれています。吉田麻也選手のこれまでの人生から②ではプロとして活躍できた秘訣を学びたいと思います。

プロとしての階段

プロ1年目のシーズン開幕前、主力選手が退団し層が薄くなったCBにコンバートされ1年目から19試合に出場。

2年目ストイコビッチ監督の信頼を受けてレギュラーとして活躍。U-23日本代表にも選出され北京五輪にも出場。シーズン22試合出場。

3年目は背番号4番を背負い25試合に出場し主力として活躍、シーズン終了後VVVフェンローに移籍。Jリーグには3年しか在籍してなかったんですね。

VVVフェンローに移籍して間も無く左足を骨折し移籍したシーズンは出場なし。

翌年のシーズンから背番号3番を背負うもレギュラーに定着できずも20試合出場、3年目からレギュラーとして定着しリーグ残留に貢献しその年にイングランド プレミアリーグのサウサンプトンFCに完全移籍します。

プレミアリーグの高い壁

2012年移籍後、初シーズンを通してレギュラーを確保するも世界最高峰のプレミアリーグでの厳しい戦いが続きます。

翌年のシーズンはクラブが強化を進めていきクロアチア代表DFが加入、出番を奪われます。さらに左膝靭帯を負傷し戦線離脱してしまいます。

2014-2015シーズンに、今度はベルギー代表DFが加入しポジションを奪われ本職でないサイドバックでの起用も増えました。

2015-2016シーズンにはオランダ代表主力DFが加入しCBでの出場機会が減りサイドバックで出場も、失点に繋がる致命的なミスを続けてしまい出場機会が更に減っていきます。毎年毎年、強豪国の代表クラスの選手が加入してくる本当に厳しい環境で我慢と忍耐の日々を過ごしていました。

我慢と忍耐の日々での地道な努力

ベンチを温め、長らく続いた日陰の生活でも腐ることなく自分を磨き、自身の足りないところを客観的に分析していました。スピードに課題があった吉田選手はアスレチックトレーナーに走りの指導を受け、普段の練習やベンチにいても、ピッチサイドで走っている時も常に走り方を意識していたといいます。フィジカルトレーニングも繰り返し体重はプレミア加入時より8kgも増量しました。

サイドバックを任されることもあった吉田選手は、弱点の克服に向けて取り組んだ結果、屈強なFWやスピーディーなサイドアタッカーに対してもパワーにもスピードにも対応出来るようになっていきました。

そして2016-2017シーズンにようやく追い風が吹き始めます。

指揮官の交代と主力選手が移籍したことで遂にレギュラーCBに昇格。37試合に出場しリーグ通算100試合出場を達成しました。「このチャンスをずっと待っていた、何にチャレンジしてはいけないか、どういうミスをしてはいけないか。それはミスを繰り返して理解してきた。」と吉田選手は語っています。

これまでの経験から裏打ちされている凄く重みのある言葉ですね。

まとめ 吉田選手の成功の秘訣

プロとしても早くから海外に移籍し、プレミアリーグで日本人100試合出場を達成。日本代表でも主力CBとして成功できている秘訣は

・うまくいかない時期でも腐ることなく地道な努力を続けたこと。

・自信を客観的に分析し弱点を克服したこと。

主力選手の退団や指揮官の交代など外的要因確かに存在しますが、ベンチを温め続けるという状況にも屈せず努力を積み重ねて一歩一歩前進した結果であると思います。

「達成できる」と自分を信じること、達成するための努力ができるかだ思いますと吉田選手は言います。

日本代表のキャプテンとして、次のW杯はベスト8進出を期待しています!!


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