大迫勇也選手の人生から学ぶ②

この記事は2分で読めます

ドイツブンデスリーガ、ブレーメンに所属し、日本代表のエースとして活躍している大迫勇也選手。「大迫半端ないって」が2018年の流行語大賞となりましたね。大迫選手のこれまでの人生から②プロとして活躍できた秘訣を学びたいと思います。

プロとしての階段

プロ入り1年目から出場機会を掴み高卒加入者では1996年の柳沢選手と並ぶ高卒加入選手シーズン最多得点(6得点)を記録。

2年目からコンスタントに出場し3連覇にも貢献し、チーム史上2人目でレギュラーナンバーの9番を付けました。

その後も鹿島のエースとして活躍し、毎年20試合以上出場しています。J1の常勝軍団でコンスタントに出場していることは凄いですね。

U-17日本代表落選以降は、各世代の日本代表に選出されています。U-20日本代表、U-22日本代表に選出され、2011年のロンドン五輪アジア2次予選、最終予選で本戦出場に貢献しました。

それでも、2012年ロンドン五輪本戦メンバーから外れるという屈辱も味わっています。U-17日本代表落選に続く2度目の大きな挫折であった思います。

「五輪のことは忘れました。今はあまり話す気分じゃありません」とコメントを残しました。

アジア予選でも貢献していましたし、ロンドン五輪に懸ける思いが強かっただけにショックは計り知れないものだったと思います。

それでもその反骨心をバネに、翌年の2013年には初の二桁得点(19得点)を記録しJリーグベストイレブンを受賞しています。

翌シーズンの2014年の1月には、W杯の選考前に周囲の反対を押し切り、「ただ待つだは嫌だった」と新天地でのチャレンジを決断します。

そして2014年ブラジルW杯のメンバーにも選出されました。

ドイツでのポジションはFWだけでなくトップ下、サイドハーフのポジションでも順応し実力をつけていきました。出場機会に恵まれなかったり、チームの2部降格を経験したりと、ドイツでの経験が自信と手応えをプラスになっていると言っています。

2018年ロシアW杯では人生の夢であったと語る得点を記録し、それが決勝点となりました。


まとめ(大迫勇也選手の成功の秘訣)

大迫選手がプロサッカー選手となり、更にJ1で活躍し海外移籍、日本代表として自身の人生の夢であったW杯での得点をあげ、現在でもエースとして活躍する秘訣は以下のことだと思います。

・中学校の進路で自分の意志でプロになると決断したことや、W杯前の移籍も海外移籍をチャレンジするなど常に自分で考えて行動していること。

・U-17、U23日本代表の落選という挫折を経験した悔しさをバネに努力したこと。

大迫選手のプレースタイルなどサッカーの技術面を含めると、上記の2つだけではありませんが、意志の強さ、負けず嫌いの気持ちや挫折を乗り越える力などメンタル面が非常に重要であったと思います。

今後もエースとして日本代表を引っ張り続けて欲しいですね!!

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。