吉田麻也選手の人生から学ぶ①

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現日本代表キャプテンとして活躍する吉田麻也選手。189cmと恵まれた体格で2012年から現在までプレミアリーグ・サウサンプトンでに所属し、世界トップリーグでずっと揉まれています。吉田麻也選手のこれまでの人生から①ではプロになれた秘訣、②ではプロとして活躍できた秘訣を学びたいと思います。

プロになるまで

3人兄弟の末っ子として長崎市で生まれた吉田麻也選手。小学2年から長崎市でサッカーを始めますが、12歳の小学6年の時に名古屋グランパスのセレクションに家族で名古屋を訪れるついでに受験し合格(70人中4人合格の一人)、中学1年の時に故郷の長崎、そして親元を離れて生活しています。

吉田選手の長崎の実家は「たまり場」だったそうです。子供の頃に一人でいた記憶が無いというほど両親の友人や息子の友達など人が溢れていたそうです。

常に人がいた環境から、いきなり兄と二人だけの静かな生活に変わり初めはホームシックになり一人泣き明かしたそうです。

中学1年から親元を離れるって想像するだけでも相当寂しいですよね。それでも吉田選手はその環境で精神的なたくましさを身に付けました。

家賃だけでなく生活に必要な家具や電化製品など一式を母親と一緒に買い揃えた時のこと、子供ながらにその金額が目に飛び込んできて、「中途半端にサッカーを辞めて帰る訳にはいかない。絶対にプロにならないといけない」とその時に強く思ったそうです。

小学生時のポジションはFWだった吉田選手。中学生以降はポジションを下げていきました。自分も経験があるのですが、周りに上手い選手がいるとポジションが下がっていく選手はよくいます。

当時の指導者は吉田選手の人を惹き付ける力や集団を牽引する力を見抜き、チームの全体が見える後方のポジションでプレーさせどんどん成長していきました。

勉強との両立、プロ選手を目の当たりにする環境

名古屋グランパスのU-18に昇格した吉田選手は、周りが提携先の私立高校に進学する中、近隣の公立高校に進学しました。

理由はグランパスユースだからと特別視されない環境で勉強がしたかったこと、将来、海外でプレーするために特に英語の勉強に力を入れたかったそうです。

周りに流されず、高校進学の時から将来を見据えて進路を決断するなんて、なかなかできないことだと思います。

高校1年からグランパスの寮に住み始めた吉田選手。グランパスの寮はトップチームの若手も暮らす環境でした。

当時、プロの第一線で活躍していた秋田豊選手や藤田俊哉選手も寮に来ることが結構あったそうで、身近でプロの人達の行動を目にする環境は刺激を受けプラスになったそうです。

こうした環境の中、吉田選手はクラブ側も吉田選手を育てるという空気もあり、キャプテンとしてチームを牽引、チームは高円宮杯全日本ユースで準優勝し、個人ではU-18日本代表に選出されています。

そして晴れて念願のトップチーム昇格を果たし、中学1年の時に抱いた「プロにならないといけない」という決心を実現させました。

また早稲田大学 人間科学部通信課程に入学もしています。

まとめ(プロになれた秘訣)

吉田麻也選手がプロになれた秘訣は

・プロにならないといけないという強い思い。

故郷、親元を離れ苦労をかけた家族のことを思い、「中途半端にサッカーを辞めて帰る訳にはいかない。絶対にプロにならないといけない」強く思ったこと。

・人を惹き付ける力や集団を牽引する力

故郷、親元を離れたことで精神的にも成長し、人を惹き付ける力や集団を牽引する力を身に付けていったこと。

Jリーグユースに所属しプロ選手を目の当たりにできる寮生活という環境も大きかったと思います。

僕はユースとトップチームは別々の練習場で全く接点がなかったですねーーー。完全に言い訳ですね、、、、(泣)

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